2010年07月11日

はっぴが生まれた背景

江戸時代になると商業が盛んになり、職人、商人たちが富みを得て、町人文化が咲き誇りました。大店などは、豪華な羽織に身を包み、徐々に人々は衣装のお洒落を競うように。

しかし、この頃の幕府の財政は逼迫しており、下級武士や中間(雑兵)などは、簡略化した羽織を半被を着ていました。

では、半被が法被に転じたのは、なぜでしょう。これは推測ですが、士農工商の身分制度がある時代に商人が着ている羽織よりも劣る半被を、法被(禅宗の高僧が座る椅子の背もたれの部分に掛ける金襴などの掛け布)の高貴なイメージと重ねることで価値を見出したかったという意図があったのではないでしょうか。

これは武家と禅宗の繋がりからも推測できます。禅の日本伝来というと鎌倉時代に臨済宗を中国から伝えた「栄西」が知られています。

この頃は、保元の乱、平治の乱から治承寿永の乱と続く、戦乱の時代。魂の救済を求める人々が溢れかえっていた背景もあり、浄土と禅の二宗派が時代を支配し、僧兵の武力を通じて政治権力を持つようになりました。

また、幕府が仏教の一般大衆化を推し進めた時代でもあります。このような状況の中で、浄土宗と武家の絡みの無い一方、禅宗は武家社会にうまく溶け込み、武士階級に受け入れられたのです。

これにより、禅宗は武家政治に深く関わり、茶道・華道などの文化と共に大きく発展してきたのです。

江戸時代の士農工商という階級制度にありながら、商人より劣る衣服を身に纏う空しさから少しでも逃れようと、半被(はっぴ)と法被を重ね合わせたのではないでしょうか。

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2010年06月22日

だんじり

大阪では10月になると至る所でだんじり祭りが始まります。その中でも全国的に有名なのが岸和田だんじり。様々な町から個性が際立つ色とりどりのはっぴを来た青年たちが現れます。彼らが引くだんじりは熱気が立ちこめるような迫力があり、訪れた多くの人を魅了します。

そんな有名な岸和田だんじりですが起源はいったい何なのでしょう。それは、諸説ある歴史の中でも有力とされている1703年(元禄16年)。当時、農業を営んでいる人が多く、五穀豊穣を祈り感謝するお祭りが岸城神社において盛んに行われていました。元岸和田村の人々が岸城神社で手厚く行ってきたお祭りが「だんじり祭」の起源と言われています。

村のお宮が城主の信仰するお宮となった歴史があり、「だんじり祭」も一時期城入りがメインとなりましたが、明治維新廃藩後神社は元岸和田村の産土神に戻され、元岸和田村といわれた宮本町・上町・五軒屋町に新たに町と浜が氏子に加わり、氏子皆様の努力により「地車祭」が氏神岸城神社への一年の感謝の祭りとして再生されました。

平成17年まで「地車祭」は岸城神社年中行事中最も重要な大祭として斎行されてきましたが、平成18年より「敬老の日」前日前々日の土曜日日曜日に開催されこととなりました。庶民から愛され続ける岸和田だんじり。これからも大阪秋祭りの象徴として賑わいを続けることでしょう。

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2010年05月27日

ドリフターズのはっぴ

8時だよ全員集合!でおなじみだったドリフターズ。何と言ってもトレードマークでもあるはっぴが印象的でした。今でも復刻版DVDの特典にはっぴが付いてくるほどの人気です。

ドリフターズに対してほとんどの方はお笑いグループとしての印象が強いと思いますが、実は結成当初は音楽バンドとして活動していました。
いかりや長介がメンバー入りしてからは、徐々にコミックソングやコント、ギャグが生まれるようになり、TVや映画出演の話が多くなるのと共にお茶の間の人気者として活躍していきます。

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前期バンド時代のメンバーは移り変わりが激しく、なかなか認知されにくかったが、新生ドリフメンバー(お笑いグループとして活動)以降はほぼ固定され、5人構成がとられるようになった。

その後、現在も高い人気を誇る志村けんがメンバーとして採用されてからは、今現在に至るまで移動はなく、完全にメンバーは固定された。

ドリフターズは正式な解散発表というものは行っていないが、8時だよ全員集合!の放送終了と同時に、メンバー全員が揃う仕事は一切なくなり、個々で様々な活動を始めていきました。

これが事実上の解散のタイミングだったと言えるのですが、いかりや長介の没後、新メンバーが加入される予定は一切なく、ドリフターズとしては現在も残る4人で構成されている。

もう5人が揃うドリフターズを生で見ることはできないですが、今なお多くの人たちの心の中では、全盛期のドリフターズが思い出として色濃くのこっていることでしょう。
posted by はっぴマニア at 20:50| お祭り・はっぴ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする